研究内容(Research)

研究概要

 

ゲノム編集技術の登場で、内在性遺伝子を改変したノックアウト・ノックインマウスが効率的に作製できるようになり、遺伝子改変マウスを用いた表現型スクリーニングが現実的になりました。実際に、前所属研究室において私は、特に精巣や副生殖器で強く発現する遺伝子を網羅的にノックアウトして、精子受精能力に必須な遺伝子を見出しました(Cell Rep 2020 ; BOR 2020 ; PNAS 2020 ; PNAS 2019 ; Andrology 2019 ; BOR 2019 ; Sci Rep 2016)。しかし、精子受精能力獲得の分子メカニズム解明には至っていません。私達の研究室では、生殖工学・発生工学的な手法の開発に取り組むとともに、特に交尾により雌性生殖道内に射出された精子が卵と受精するまでの過程にフォーカスして、その分子メカニズム解明に個体レベルで迫りたいと考えています。得られた成果は、男性避妊薬開発のための新規ターゲット選定や生殖補助医療だけでなく、もともと畜産学部出身なので、家畜の低繁殖症の原因究明や診断法の開発にも応用したいと考えています。


I.  ゲノム編集技術を用いた遺伝子改変マウスの作出

ゲノム編集技術、特にCRISPR/Cas9の登場により、多種多様な動物種で内在性遺伝子を標的改変できるようになりました。我々は、生活環が比較的短く、ゲノムの99%がヒトでも保存されていることなどから、主にマウスを用いて遺伝子改変を行っています。ゲノム編集によく使われる化膿レンサ球菌由来のCas9は、標的配列の隣にPAMと呼ばれるNGG配列(NはA,T,C,GどれでもOK)が必要なため、標的配列が限定されるという問題点がありました。そこで私たちは、共同研究において、NGN配列を認識する改変型Cas9を開発して、培養細胞レベルで効率よく切断することを明らかにしました(Science 2018 )。現在、改変型Cas9ならではのアプローチでゲノム編集に取り組んでいます。

図1 受精卵前核へのgRNA/Cas9混合液の注入

先が細い針を作製して、受精卵前核にgRNA/Cas9混合液を核膜が膨れる程度まで注入する。



II. 精子成熟


多くの哺乳類において、精巣で作られた精子は形態を完成しているものの、卵と受精する能力は持っていません。それらの能力は、精巣に隣接する精巣上体と呼ばれる管組織をマウスでは10日ほどかけて通過する間に獲得されます。例えば、私たちが精巣上体で強く発現する遺伝子クラスターを欠損させたところ、このノックアウト精子は形態や運動性は正常であるものの、子宮から卵管へと移行できないために不妊になることを突き止めました(図2A)(PNAS 2019)。その後、精巣上体を通過した精子は、副生殖腺(精嚢腺や前立腺などの総称)から分泌される液とともに雌性生殖道内に射出されます。副生殖腺由来の分泌液の精子受精能力における役割を明らかにするために、私たちは射出される前の精子を体外に取り出して、子宮内に人工的に注入する方法(人工授精)を確立しました(図2B)(BOR 2019: RMB 2019)。この方法により、少ない精子を人工授精する際には、精嚢腺分泌液と精子を混合する方が精子だけを注入するよりも高い受精率が得られることを見出しました(図2B)(BOR 2019; RMB2019)。このように、精子成熟(精巣で精子の形態が完成した後に受精能力を獲得する過程)には、精巣上体だけでなく副生殖腺も重要だと考えています。どのような分子メカニズムで精子成熟が制御されているのかについて研究を進めています。

図2A 雌性生殖道内における精子の観察

精子尾部が赤色に標識された精子を持つトランスジェニックマウスと交配させて、精子に蛍光を持つKOマウスを作出し(Exp Anim 2010)、雌性生殖道内における挙動を観察した。KO精子は、子宮から卵管への移行ができなかった。

図2B 人工授精法を用いた副生殖腺分泌液の精子受精能力への関与

射出前の精子を体外に取り出して、副生殖腺の1つである精嚢腺から採取した分泌液と混ぜて子宮内に注入したところ、精子だけを注入するよりも高い受精率が得られた。



III. 受精


子宮内に射出された精子は、卵管へと移行して卵管膨大部で卵と出会います。精子は、精子頭部の先体胞から酵素を放出したり(先体反応)、飛び跳ねるような激しい運動(超活性化)を示して、卵の周りを覆っている卵丘細胞層や透明帯を通過したのち、卵細胞膜と相互作用(結合・融合)します。融合した精子は、父性染色体を卵に送り込むと同時に、卵を活性化します。私たちは特に、精子と卵の相互作用に興味を持っています。精子と卵の相互作用には、精子膜タンパク質IZUMO1とそのレセプターである卵細胞膜上のJUNO(IZUMO1r/FOLR4)の結合が必須です。また、卵細胞膜上に存在するCD9も卵細胞膜の正常性を通して、精子と卵の相互作用に関与します。さらに私たちは、SOF1など6種類の精子タンパク質が精子と卵の融合に必須であることを最近見出しました(bioRxiv 2021; PNAS 2020a; PNAS 2020b)。これらの分子が卵因子とどのように関係して融合ステップを制御しているのか、その分子メカニズム解明を目指して研究を進めています。

図3A 卵透明帯への結合能力

卵の周りを覆っている卵丘細胞層を除去して、精子と培養したところ、KO精子は卵透明帯にほとんど結合できなかった。

図3B 精子の体外受精能力

卵と精子を培養して、翌日に卵を観察した。コントロール精子と培養した卵は受精して2細胞期胚へと発生したが、KO精子と培養した卵は未受精卵のままで、囲卵腔(透明帯と卵の隙間)に精子が溜まっていた(受精が成立すると、他精子が透明帯を通過できなくなる)。